「学びて時に之を習ふ、亦説ばしからずや」を思い返す

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最近、「学びて時に之(これ)を習ふ、亦(また)説(よろこ)ばしからずや。」という論語の一節を思い出すことがあります。

子曰、
「学而時習之、不亦説乎。
有朋自遠方来、不亦楽乎。
人不知而不慍、不亦君子乎」

子曰く、
「学びて時に之(これ)を習ふ、亦(また)説(よろこ)ばしからずや。
朋(とも)有り遠方より来る、亦楽しからずや。
人知らずして慍(いきどほ)らず、亦君子ならずや」と。

子曰く、
「学問をして(その学んだことを)常に反復練習する。
(そうすると理解が深まって身についてくる)なんとうれしいことではないか。
(こうして学問に励んでいると)自分と同じく学問に志す友人が、
(近い所はもちろん)遠方からもやってくるようになる。
(そうして学問について語り合う)なんと楽しいことではないか。
(しかし人生のあり方はさまざまで)自分の学問を世人が認めてくれないこともある。
それでも(学問は自分のためにするものであるから)心に不満を持ったりはしない。
なんとりっぱな人物ではないか」と。

参考
「格言・故事成語」講座 (その1) 学びて時に之を習ふ

学生時代、論語の授業のある学校に通っていました。クラスの大半が寝てしまうような淡々と進む授業でしたが、私は好きでした。いまでも論語の一説が頭に浮かぶことがあります。
差別の少ない現代の日本に生まれていることもあり、孔子の階級主義的な部分は好きになれませんが、不遇時代の長かった孔子の学問に対する想いについては、共感する部分が多くあります。

私は学生時代は、勉強があまり好きではなかったのですが、社会人となってからは勉強する時間が増えたと感じますし、嫌いではなくなりました。
どちらかといえば、理論主義というよりは実践主義なので、社会人となった後の「役立つ可能性の高い勉強」が向いているのかもしれません。

私の周りだけかもしれませんが、中小企業診断士試験に何年も合格できず、周りからは冷ややかな目で見られながらも、コツコツと何年もかけて資格を取得した人も多いと感じます。
また、中小企業診断士という資格取得をキッカケとして活動をされている方には、勉強熱心な人が多く、様々な場所で「またあの人と会った」と感じる機会が多いと感じます。
そういった人達の中にいると、こちらも活力をもらえます。

最近は、経営全般に関わるもの、セミナーに関するもの、ITやIoTに関するもの、様々な分野での勉強量が増えていますが、これらの勉強についても数年後には「学びて時に之を習ふ、亦説ばしからずや」という心境になれるのかもしれません。

(中小企業診断士 布能弘一)

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